社内に眠る「暗黙知」を「AIのナレッジ」に変えて活用するには?

社内に眠る「暗黙知」を「AIのナレッジ」に変えて活用するには?

多くの企業がAI活用を推進する中で、一つの大きな壁に直面しています。それは、「AIに何を参照させるべきか」という問題です。 最新の大規模言語モデル(LLM)を導入しても、社内の標準的なマニュアルや手順書を読み込ませるだけでは、現場が本当に求めている「ベテランの判断」や「複雑な例外対応」を再現することはできません。
企業の競争力を真に支えているのは、文書化しにくい「暗黙知」です。この暗黙知をいかに取り出し、AIが扱える「形式知」へと転換していくか。本コラムでは、社内に散在する非構造化データを資産化し、AIの実力を最大限に引き出すための具体的なプロセスを解説します。

生成AI データ活用

企業のナレッジは「非構造化データ」に暗黙知として存在する

企業内の情報の8割以上は「非構造化データ」であると言われています。暗黙知は、決して整然としたフォルダの中にあるマニュアルに収まっているわけではありません。

綺麗なドキュメントだけがデータではない

企業内で「形式知」として整理され、共有されているドキュメントは、組織が持つ全知識の氷山の一角にすぎません。実際には、会議での口頭伝達、ホワイトボードの殴り書き、あるいは個人のPCに保存された未整理のメモにこそ、価値ある情報が埋もれています。

日常業務の中で生まれる成功体験や、逆に手痛い失敗事例は、その場で適切な振り返りを行わなければ、時間の経過とともに霧散してしまいます。これらの「リアルなノウハウ」をAIが参照できる状態にできれば、特定の誰かの経験に依存する「属人化」から脱却し、組織全体で知見を共有・活用する文化を醸成できます。暗黙知をデータ資産へと変換することは、現代のDXにおいて最も優先度の高い課題の一つです。

社内ナレッジの「隠し場所」を特定する

暗黙知を活かす第一歩は、一見して活用が難しそうな情報の「隠し場所」からデータを吸い上げることです。そこには、通常マニュアル化されない実戦的な知恵が潜んでいます。

  • コミュニケーション履歴(Teams、Slack、メールなど):チャットツールのログには、トラブル対応の生々しい経緯や、専門家同士の鋭いやり取りが記録されています。これらは、マニュアル化されていない実際の「解決」に近しいナレッジであると言えます。
  • 記録・報告(会議録、日報、完了報告書):会議の録画データや自動文字起こしされた議事録には、結論だけでなく「なぜその結論に至ったか」という背景(コンテキスト)が残されています。過去のプロジェクト完了報告書に含まれる「教訓」は、次のプロジェクトが同じ過ちを繰り返さず成功に導くための重要なナレッジとなります。
  • 現場の行動ログと技術資産(操作ログ、提案書スライド):熟練者がアプリケーションをどのような手順で操作しているか、あるいは過去のコンペで勝った提案書にはどのようなロジックが組まれていたのか。これらをデータ化することで、暗黙的な「勝ちパターン」を抽出可能になります。

カオスな情報を知識に変える「構造化」の技術

収集した非構造化データは、そのままではAIにとって「読み取りにくいノイズ」でしかありません。これらをAIが効率的に処理できる形にするのが「構造化」というプロセスです。

マルチモーダルLLMとAI-OCRの進化

近年のAI技術、特にマルチモーダルLLMの登場により、テキスト以外のデータ活用が飛躍的に容易になりました。 例えば、会議室のホワイトボードに残された手書きの図解や、紙の資料、複雑な表が含まれるPDFなどは、かつてはデータ化を諦めていた領域でした。しかし、最新のAI-OCR技術とマルチモーダル処理を組み合わせることで、これらを高精度にテキスト化し、文脈を保持したままデータ資産へと取り込むことができます。

ここで重要なのは、単に文字を起こすだけでなく、「誰が、いつ、何の目的で行ったアウトプットか」という属性情報(メタデータ)を補足することです。これにより、AIは情報の重要度や適用場面をより正確に判断できるようになります。

▼LLMについてもっと詳しく知りたい
⇒ 大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)|用語集

情報を「知識」として再定義する

文字起こしされただけの膨大なテキストデータは、検索性に乏しく、AIが回答を生成する際にも混乱を招きます。情報を「知識」へと昇華させるためには、以下の視点での整理(構造化)が不可欠です。

  1. 課題・解決策・結果のセット化:断片的な情報を、業務上の「問い」と「答え」のペアに再構成します。例えば、トラブルレポートから「事象・原因・対策」を抽出し、Q&A形式に変換することで、AIは即座に現場へのアドバイスを生成できるようになります。
  2. ナレッジの要約と抽象化:1時間の会議録をそのまま参照させるのではなく、AIを活用して「決定事項」と「未解決課題」に要約します。これにより、検索のヒット率が高まり、ユーザーが必要な情報に最短距離でたどり着けるようになります。
  3. 活用フォーマットへの整理:社内問い合わせに応用しやすい形式や、技術マニュアルを補足するコラム形式など、利用シーンに合わせたフォーマットへ情報を流し込みます。

AIの回答精度を左右する「コンテキスト設計」の重要性

暗黙知をデータ化したとしても、それをどうAIに提示するかでパフォーマンスは劇的に変わります。ここでは、LLM特有の挙動を理解した上での戦略的な設計が求められます。

AIの回答精度を左右する「コンテキスト設計」の重要性

コンテキストウィンドウの罠と「Lost in the Middle」

最新のLLMは、一度に読み込める文字数(コンテキストウィンドウ)が飛躍的に増えています。しかし、「大量の情報を入れられる」ことと「正確に処理できる」ことは別問題です。 ここで注意すべきが、情報の海の中で重要な記述を見落としてしまう「Lost in the Middle」現象です。大量の非構造化データを無加工でAIに流し込むと、AIは文脈を維持しきれず、結果として誤回答やハルシネーションを引き起こすリスクが高まります。

AI活用における「コンテキスト設計」の本質は、AIに与える情報を増やすことではなく、「今の質問に最も必要な情報だけを、いかに純度高く提示するか」にあります。

RAG(検索拡張生成)による情報の取捨選択

この課題を解決する技術が「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」です。 RAGは、ユーザーの質問に対して、社内の膨大なデータ群から関連性の高い箇所だけを瞬時に検索し、その情報を付加情報としてAIに渡す仕組みです。とりわけRAGの設計において、AIが必要な情報に的確にアクセスできるようにするためには、以下の観点での考慮が求められます。

  • スコープの限定:企業独自の専門用語や製品仕様など、一般公開されていない情報をピンポイントで参照させる。
  • ノイズの排除:質問に関係のない古いマニュアルや雑談をフィルタリングし、回答精度を高める。
  • 根拠の提示:「どのドキュメントの、どの記述に基づいた回答か」を明示することで、情報の信頼性を担保する。

このように、検索と生成の連携を最適化することこそが、暗黙知を実用的なナレッジへと変える鍵となります。

▼RAG(検索拡張生成)についてもっと詳しく知りたい
⇒ 検索拡張生成(RAG:Retrieval Augmented Generation)|用語集

「ナレッジ化」を自動化するAIワークフローの構築

暗黙知のデジタル化は、一度きりの作業ではありません。日々の業務で知見は常に更新されるため、これを継続的に処理する「仕組み」が不可欠です。

データパイプラインの整備と自動連携

人手によってFAQを更新し続ける旧来の手法では、増え続ける情報のスピードに追いつけません。そこで重要になるのが、情報の発生源からAIの参照先までを自動でつなぐ「データパイプライン」の構築です。

例えば、以下のような自動化ワークフローが考えられます。

  1. 収集:Teamsの特定のチャンネルで解決されたトラブル事例を、AIが定期的にスキャンする。
  2. 前処理:AIがそのやり取りを解析し、重要度を判断した上で、Q&A形式のナレッジに自動要約する。
  3. 登録:承認されたナレッジをベクトルデータベースへ自動登録し、翌日にはAIがその知見を使って回答できるようになる。

このような「データ連携 × AI」の仕組みを整えることで、属人的な知恵は失われない組織的な財産へと変わります。情報の更新漏れを防ぎ、常に最新のナレッジを現場に届けることが、業務効率化を持続させる唯一の道です。

さいごに

AIによるナレッジ活用において、最も強力な武器となるのは最新のモデルそのものではなく、そのモデルが参照する「自社独自のデータ」です。ベテラン社員が長年培ってきた経験や、現場の泥臭いやり取りの中にこそ、企業独自の強みが隠されています。

しかし、どれだけ豊富なデータがあったとしても、AIが参照しやすい形で整備されていなかったり、データが更新されず古いデータのまま使われていたりすると、AIは期待される精度を発揮することが難しくなります。

まずは社内のあちこちに眠っている「非構造化データ」という宝の山に目を見て、それを整理し、構造化する。そしてデータパイプラインとして持続的にAIに最新のナレッジを供給できる仕組みへと育てることで、形式知・暗黙知を含む社内のあらゆるナレッジを充分にAIが活用することができるようになります。

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記事を書いた人

所 属:データインテグレーションコンサルティング部 Data & AI エバンジェリスト

山本 進之介

入社後、データエンジニアとして大手製造業のお客様を中心にデータ基盤の設計・開発に従事。その後、データ連携の標準化や生成AI環境の導入に関する事業企画に携わる。2023年4月からはプリセールスとして、データ基盤に関わる提案およびサービス企画を行いながら、セミナーでの講演など、「データ×生成AI」領域のエバンジェリストとして活動。趣味は離島旅行と露天風呂巡り。
(所属は掲載時のものです)

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